ノコギリ波
ノコギリ波(sawtooth wave)は、一定方向へ連続的に増加または減少した後、周期境界で急激に反対側の値へ戻る周期波形である。その形状が鋸の歯に似ることからこの名称で呼ばれる。
シンセシスでは最も代表的な基本波形の一つで、整数倍音を広く含むため、減算合成の出発波形として非常に多用される。
基本形
代表的な上昇ノコギリ波は、1周期の間に最小値から最大値へ直線的に増加し、周期境界で最小値へ瞬時に戻る。
下降ノコギリ波はその逆で、最大値から最小値へ下降した後、最大値へ戻る。
英語ではそれぞれ、
- rising sawtooth
- falling sawtooth / reverse sawtooth
などと呼ばれる。
時間方向の向きが逆でも、理想波形の振幅スペクトルは同じで、主に位相関係が異なる。
数学的性質
ノコギリ波は周期的なランプ関数として表現できる。
振幅やDCオフセットの定義によって数式は変わるが、代表的なノコギリ波はフーリエ級数として、
x(t) ∝ sin(ωt) + (1/2)sin(2ωt) + (1/3)sin(3ωt) + ...
のように、基本周波数の整数倍成分をすべて含む。
位相や上昇/下降方向の定義によって各項の符号は変化する。
MathWorldのSawtooth WaveおよびFourier Series—Sawtooth Waveでも、n次倍音振幅が1/nに比例して減衰する級数として示される。[1]
周波数成分
理想ノコギリ波は、
- 基音
- 2次倍音
- 3次倍音
- 4次倍音
- …
という全整数次倍音を含む。
n次倍音の振幅は概ね1/nで減衰するため、高次倍音まで比較的強い。
このため、同じ基本周波数のSquare waveより高密度なスペクトルを持つ。
All About Circuitsのスペクトル例でも、sawtoothではtriangleやsquareと異なり、偶数次倍音を含むことが示されている。[2]
音色
ノコギリ波は高次倍音を多く含むため、一般に明るく、鋭く、密度の高い音色として知覚される。
シンセサイザーでは、
- ブラス
- ストリングス
- リード
- ベース
- パッド
- SuperSaw系
- アシッド系サウンド
など多様な音色の出発点になる。
フィルターを閉じることで高次倍音を段階的に減らし、明るさを大きく変えられるため、減算合成との相性が非常に良い。
Subtractive synthesis
減算合成では、ノコギリ波をローパスフィルターへ入力し、カットオフとレゾナンスを変化させて音色を形成する。
ノコギリ波には基本周波数から高次まで連続した整数倍音が存在するため、カットオフを下げると上側の倍音から順に減衰する。
その結果、
- 明るい
- 柔らかい
- 鼻にかかった
- レゾナント
- 暗い
といった広い音色変化を作りやすい。
アナログシンセサイザーの典型的なsignal flowである「VCO → VCF → VCA」は、Sawtoothを素材とすることでその特徴が分かりやすく現れる。
オシレーターとしての利用
Sawtoothは多くのアナログ/デジタルシンセサイザーで標準オシレーター波形として搭載される。
Ableton LiveのOperatorもbuilt-in waveformとしてsawtoothを含み、squareやtriangleとともにresynthesized approximationとして生成している。[3]
アナログオシレーター
アナログVCOでは、ノコギリ波は回路内部の基本波形として直接生成されることが多い。
代表的には、コンデンサーへほぼ一定電流を流して電圧を直線的に上昇させ、閾値に達したところで急速に放電・リセットする。
このランプ波形から、
- Pulse / Square
- Triangle
- Sine
などを波形整形回路で派生させる設計もある。
逆にtriangle-core VCOでは三角波を中心に生成し、そこからsawやpulseを作る場合もある。
したがって「SawtoothがすべてのアナログVCOの内部基本波形」というわけではない。
Oscillator sync
オシレーターシンクでは、Slave oscillatorの周期をMaster oscillatorの周期境界で強制的にリセットする。
Sawtoothは周期リセットが明瞭なので、Hard Syncの説明に使われることが多い。
Slaveの固有周波数を変えると、1周期内に複数回のランプが含まれるようになり、基本音程を維持したまま高次倍音構造を大きく変えられる。
Unison と SuperSaw
複数のノコギリ波をわずかにデチューンして重ねると、拍動と位相差による厚い音色を作れる。
これを多数重ねた代表的な発展形がSuperSawである。
SuperSaw系では、
- 複数Saw oscillator
- detune
- stereo spread
- phase offset
- level distribution
などを組み合わせて密度の高い音色を作る。
1990年代以降のトランス、ダンスミュージック、EDMなどで象徴的なサウンドとなった。
LFOとしてのノコギリ波
SawtoothをLFOとして使うと、変調先パラメーターを一方向へ連続変化させ、周期境界で瞬時にリセットする動作が得られる。
たとえば、
- ピッチを上昇させ続けて急に戻す
- フィルターを開き続けて急に閉じる
- パンを一方向へ移動してリセットする
- リズミックなランプ変調
など。
Native InstrumentsはLFOのSaw waveを、値が一方向へ移動した後に周期境界でジャンプする波形として説明している。[4]
デジタル生成とaliasing
理想ノコギリ波には無限個の高調波が存在する。
デジタルシステムで理想的なランプと瞬時リセットをそのままサンプル化すると、ナイキスト周波数を超えた倍音が折り返し、エイリアシングを発生させる。
特に高音域では、倍音間隔が基本周波数分だけ広がる一方、ナイキストまでに収まる倍音数が急速に減るため、適切な帯域制限が重要になる。
代表的な対策には、
- band-limited wavetable
- additive synthesis
- BLIT
- BLEP / PolyBLEP
- MinBLEP
- oversampling
などがある。
Cycling '74は、デジタルのsaw oscillatorでは理想波形の高調波がNyquist frequencyを超えてaliasingしないよう、band-limited / anti-aliased oscillatorとして実装することを説明している。[5]
MusicDSPにもBLITと積分器を用いたband-limited sawtooth synthesisの実装例がある。[6]
Band-limited sawtooth
デジタルシンセサイザーで表示されるSawtooth波形は、数学的理想波形と完全には同一でない場合がある。
ナイキスト以下の倍音だけを残せば、急峻な不連続付近は少し丸まり、前後にリンギングが見える場合がある。
それでも周波数領域では必要な倍音構造を維持できる。
このため「オシロスコープ上で完全な直線+垂直線に見えること」より、可聴帯域内で不要なaliasingを抑えたスペクトルを得ることが重要になる。
Gibbs phenomenon
有限数の倍音でSawtoothを再構成すると、不連続点周辺にオーバーシュートやリンギングが現れる。
これはギブス現象である。
倍音数を増やすほど直線部分の近似は改善するが、不連続点近傍のオーバーシュート自体は単純には消えない。
DC成分
Sawtoothを-1〜+1で対称に定義すれば平均値は0となる。
0〜+1のような片側範囲で定義すれば正のDC成分を持つ。
オーディオオシレーターでは通常、DCを含まないよう中心化された波形を使うことが多い。
一方、LFOや制御電圧として使う場合は0〜+1、0〜+5 VなどユニポーラのSawtoothが有用なこともある。
Rising と falling
上昇Sawと下降Sawは振幅スペクトルが同じでも、各倍音の位相関係が異なる。
単独で定常的に聴いた場合、両者の音色差は小さい場合が多い。
しかし、
- 他オシレーターとの加算
- 位相同期
- nonlinear processing
- waveform modulation
などでは時間波形の向きが結果へ影響する。
他の基本波形との比較
| 波形 | 理想的な倍音構成 | 特徴 |
|---|---|---|
| サイン波 | 基本周波数のみ | 最も単純 |
| 矩形波 | 奇数次倍音中心 | 中空で明瞭 |
| ノコギリ波 | 全整数次倍音 | 明るく高密度 |
| 三角波 | 奇数次倍音、1/n²程度で減衰 | より柔らかい |