Dbx

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dbx(ディービーエックス)は、1971年にDavid E. Blackmer(デヴィッド・E・ブラックマー)が設立した米国発のプロオーディオ機器ブランドである。現在はHARMAN Professional Solutionsの一ブランドとして、コンプレッサー/リミッター、イコライザー、クロスオーバー、マイクプリアンプ、フィードバック抑制、DSPベースのラウドスピーカー・マネジメント、設備音響用プロセッサーなどを展開している。

dbxは、Blackmerが開発した高精度なRMSレベル検出とVCA(Voltage Controlled Amplifier)を基礎に、ダイナミクス制御とノイズリダクションの両分野で大きな影響を与えた。とりわけdbx 160に代表されるVCAコンプレッサー、dbx Type I / Type IIノイズリダクション、OverEasyコンプレッション、そして現代のDriveRackシリーズは、同社を特徴づける代表的な系譜である。

概要

dbxの製品群は大きく、録音/ミキシング向けのダイナミクス処理、PA向けのスピーカー・マネジメント、設備音響向けのゾーン制御、マイク入力段、イコライゼーション、フィードバック抑制、サブハーモニック生成などに分けられる。

現行のdbx公式サイトでは、主な製品カテゴリとしてDriveRack、500 Series、Microphone Preamps、Dynamics Processorsなどを掲げている。またサポート対象には、クロスオーバー、グラフィックEQ、ZonePRO、フィードバック抑制、ダイレクトボックス、測定用マイク、パッチベイなど多数の現行・旧製品が含まれる。

dbxの歴史的特徴は、単に製品数が多いことではなく、音量変化を電圧制御するVCA技術と、信号エネルギーを測るRMS検出技術を一貫して中心に置いてきたことにある。この組み合わせはコンプレッサー、エキスパンダー、ノイズゲート、ノイズリダクションなど複数の機能へ展開された。

創業

dbxは1971年、エンジニアのDavid E. Blackmerによって設立された。HARMANの企業資料では、dbx創業時の目標を「ライブ・パフォーマンスのリアリズムにより近づくこと」と説明している。

Blackmerは、対数/指数特性を用いた高精度レベル検出とゲイン制御回路の研究を進め、1970年代初頭には後にBlackmer Gain Cellとして知られるVCA技術を確立した。HARMANの年表では、1973年にBlackmer Gain Cellの特許取得をdbx史上の重要な出来事として位置づけている。

この技術は、入力信号の振幅を制御電圧によって連続的に変化させるVCAと、信号の実効値に近いレベルを検出するRMS検出器を組み合わせることで、従来より予測しやすく精密なダイナミクス制御を可能にした。

Blackmer VCAとRMS検出

VCAはVoltage Controlled Amplifierの略で、制御電圧によってゲインを変化させる増幅器である。コンプレッサーでは、入力信号が設定されたスレッショルドを超えたとき、検出回路がVCAにゲインを下げる制御信号を送り、ダイナミックレンジを狭める。

dbxの初期設計で重要だったのは、単なるピーク検出ではなくRMSに近い方式で信号レベルを捉えた点である。dbx自身も、dbx 160がスタジオ標準として広まった理由の一つとして「VCAとRMS detection」の組み合わせを挙げている。

Blackmer Gain Cellはその後、IC化されたdbx 2150などへ発展した。Blackmer由来のVCA回路はdbx製品内部にとどまらず、後年のTHAT Corporationを通じて多くのプロオーディオ機器へ広がった。

dbx 160とVCAコンプレッサー

dbx 160は、dbxを代表するコンプレッサー/リミッターである。1970年代に登場し、VCAとRMS検出を組み合わせた設計によって、レコーディング・スタジオのダイナミクス処理に大きな影響を与えた。

初期160は、後の多機能コンプレッサーと比較すると操作系が簡潔で、スレッショルド、圧縮比、出力レベルを中心に制御する。アタック/リリースを個別に手動設定しない設計であり、検出回路と時定数の動作そのものが製品の挙動を特徴づける。

160系はその後、160X、160XT、160A、160SL、160AD、160Xなど複数世代へ展開した。モデルごとに回路、I/O、メーター、機能、製造時期は異なるが、「dbx 160」は単一機種名であると同時に、長期にわたり継続したコンプレッサー系譜を指す名称でもある。

dbxの現行・近年製品では、同系統の考え方を引き継ぐ560Aが500 Seriesフォーマットで提供されている。

OverEasy

OverEasyはdbxが広く普及させたソフトニー型コンプレッションの名称である。一般的なハードニーでは、信号がスレッショルドを超えた地点から設定レシオが明確に適用されるのに対し、OverEasyではスレッショルド周辺で圧縮比が徐々に変化する。

これにより、コンプレッションの開始が比較的滑らかになり、ボーカル、ベース、ミックスバス、PAなどで急激なゲイン変化を避けたい場合に利用される。dbx自身もOverEasyを「soft knee」と説明している。

OverEasyはdbxの多くのダイナミクス製品で採用され、ブランドを象徴する技術名称の一つとなった。

ノイズリダクション

dbxはコンプレッサーだけでなく、アナログ録音向けノイズリダクションでも歴史的に重要な企業である。

dbxのノイズリダクションは、録音時に信号のダイナミックレンジを圧縮し、再生時に逆方向へ拡張するコンパンディング(compression + expanding)を基本原理とする。テープ録音におけるヒスノイズの影響を相対的に小さくすることが目的である。

代表的な方式にはdbx Type Iとdbx Type IIがある。Type Iは主としてプロフェッショナルなオープンリール/マルチトラック録音を想定し、Type IIはカセットや比較的帯域・特性に制約のある媒体を含む用途を想定した方式として展開された。

これらはDolby NRとは原理・動作・互換性が異なる。dbxの公式マニュアルも、他方式のコンパンディングとdbx Type I / IIを単純に互換とみなすべきではないと説明している。

デジタル録音が一般化した後、テープ向けdbxノイズリダクションの重要性は低下したが、同技術を支えたRMS検出・VCA・コンパンディングの考え方は、dbxのダイナミクス製品史を理解する上で重要である。

ダイナミクス・プロセッサー

dbxは160系以外にも、2chコンプレッサー/ゲート、チャンネルストリップ、マイクプロセッサーなど多数のダイナミクス製品を展開してきた。

代表的な現行・近年製品には次がある。

製品 種別 主な特徴
166xs 2ch compressor / limiter / gate OverEasy、PeakStopリミッティング、ゲートを備える2chダイナミクス・プロセッサー
266xs 2ch compressor / gate 2chコンプレッションとゲートを組み合わせた標準的なラック型モデル
286s microphone preamp / channel strip マイクプリアンプ、コンプレッサー、ディエッサー、エンハンサー、エキスパンダー/ゲートを統合
560A 500 Series compressor / limiter dbx 160系の思想を500 Seriesへ展開
676 tube microphone preamp channel strip 真空管マイクプリアンプとEQ、コンプレッション等を統合

これらの製品は、レコーディング、配信、放送、ライブPAなどで使用される。

500 Series

dbxはAPI 500 Series互換フォーマットのモジュールも展開している。現行の主要500 Series製品には以下がある。

製品 機能
510 Subharmonic Synthesizer
520 De-Esser
530 Parametric EQ
560A Compressor / Limiter
580 Microphone Preamp

500 Seriesは、複数の処理モジュールを共通のシャーシと電源で運用するモジュラー方式であり、スタジオのアウトボード構成を用途ごとに組み替えやすい。

マイクプリアンプとチャンネルストリップ

dbxはVCAコンプレッション以外にもマイクプリアンプを長年製造している。

286sはその代表例で、マイクプリアンプの後段にコンプレッサー、ディエッサー、低域/高域エンハンサー、エキスパンダー/ゲートを統合した1chチャンネルストリップである。単一ラックユニットで音声入力の基本処理をまとめられるため、録音、放送、ナレーション、配信などで用いられる。

580は500 Series形式のマイクプリアンプであり、676は真空管入力段を含むチャンネルストリップとして位置づけられる。

イコライザー

dbxはグラフィックイコライザーも長年製造しており、PA、設備音響、スタジオ、モニターシステムで使用されてきた。

代表的な製品には以下がある。

  • 131s - 31バンド・モノラル・グラフィックEQ。
  • 215s - 15バンド×2chグラフィックEQ。
  • 231s - 31バンド×2chグラフィックEQ。
  • 1231 - 31バンド×2chグラフィックEQ。
  • iEQ15 / iEQ31 - デジタル機能を統合したグラフィックEQ。

デジタル・ラウドスピーカー・プロセッサーの普及後は、グラフィックEQやパラメトリックEQがDriveRack等の内部機能として統合される場面も増えたが、専用EQは単機能機器として依然利用されている。

クロスオーバー

dbxはアナログクロスオーバーも代表的な製品分野として持つ。クロスオーバーは周波数帯域を分割し、各帯域を対応するパワーアンプ/スピーカー系統へ送る装置である。

主なモデルとして以下がある。

223系は2-way stereo / 3-way mono、234系は2-way / 3-way stereoや4-way monoを含む、より多くの分割構成に対応する。製品末尾の「s」「xs」などは世代・接続仕様を示し、モデルごとに入出力端子や細部仕様が異なる。

デジタルDriveRackがクロスオーバー、EQ、ディレイ、リミッターなどを統合する一方で、アナログクロスオーバーは構成が明快で、単機能システムを組む場合に引き続き用いられる。

DriveRack

DriveRackは、dbxのデジタル・ラウドスピーカー・マネジメント製品群である。ミキサーとパワーアンプ/パワードスピーカーの間に配置し、複数の処理を一体化する。

代表的なDriveRack製品は次のとおり。

製品 入出力 制御 主な用途
DriveRack PA2 2入力 / 6出力 Ethernet経由のモバイル/PC制御 ポータブルPA、ライブ
DriveRack 260 2入力 / 6出力 USB / RS-232 固定設備、PA
DriveRack VENU360 3入力 / 6出力 Ethernet ツアー、設備、より複雑なPA

DriveRack PA2は、グラフィックEQ、パラメトリックEQ、AutoEQ、AFS、コンプレッション、クロスオーバー、出力EQ、リミッター、ドライバー・アライメント・ディレイなどを統合する。

VENU360は3入力/6出力構成で、最大モノ6-wayまでのクロスオーバー、入力/出力EQ、AFS、AutoEQ、コンプレッション、AGC、ノイズゲート、サブハーモニック生成、最大1000 msの出力ディレイなど、より高度なルーティングと処理を備える。

DriveRackシリーズの重要性は、従来は複数のラック機器に分かれていたEQ、クロスオーバー、リミッター、ディレイ、フィードバック抑制などを、単一DSPプラットフォームへ統合した点にある。

AutoEQとAFS

DriveRackシリーズでは、dbx独自の自動化機能も重要である。

AutoEQは、RTA用測定マイクを使用してスピーカー/室内応答を測定し、EQ補正を支援する機能である。DriveRack PA2やVENU360では、セットアップ・ウィザードと組み合わせて使用される。

AFS(Advanced Feedback Suppression)は、ハウリング/フィードバック周波数を検出し、狭帯域ノッチフィルターで抑制する機能である。専用機AFS2としても展開されている。

これらの機能は、適切なスピーカー配置、ゲイン構造、マイク運用を不要にするものではない。特にAutoEQは室内音響そのものを物理的に変更する機能ではなく、測定地点における電気的補正を支援する処理である。

ZonePROと設備音響

dbxは商業施設・会議施設・飲食店・礼拝施設などの設備音響向けにZonePROシリーズを展開してきた。

ZonePROは複数入力を複数ゾーンへ分配し、ゾーンごとの音量、EQ、ダイナミクス、ルーティングなどを管理するDSPである。壁面コントローラーZCシリーズと組み合わせ、一般スタッフが限定された操作だけを行うような設備構成にも対応する。

ライブPA向けのDriveRackが「スピーカーシステムを調整・保護する」用途を中心とするのに対し、ZonePROは「複数エリアへ音声を分配・管理する」用途を中心とする。

フィードバック抑制

dbxはAFS技術をDriveRackへ統合するだけでなく、AFS2のような専用フィードバック・サプレッサーも製造している。

AFSはフィードバック周波数付近へ狭帯域のノッチフィルターを自動配置する方式であり、音声信号全体を大幅に変化させずにハウリング余裕を確保することを目的とする。

ただし、AFSは不適切なマイク/スピーカー位置、過剰なゲイン、室内反射などの根本原因を解消するものではなく、あくまでシステム運用を補助するプロセッシングである。

サブハーモニック・シンセシス

dbxはSubharmonic Synthesisも長期間にわたり製品化している。これは入力信号の低域成分を解析し、1オクターブ下などの成分を生成・付加することで低域感を拡張するエフェクト/プロセッサーである。

代表的な専用機には120Aがあり、500 Seriesでは510として展開されている。またDriveRack PA2やVENU360にも関連処理が統合されている。

この処理は単なるEQブーストとは異なり、入力に存在しない低い周波数成分を合成する。そのため、スピーカー/サブウーファーの再生能力やヘッドルームを考慮して使用する必要がある。

DI・測定・周辺機器

dbxは信号処理本体以外にも、DI、測定用マイク、パッチベイ、ケーブルテスターなどを展開する。

主な製品には以下がある。

  • db10 - パッシブDI。
  • db12 - アクティブDI。
  • Di1 - アクティブDI。
  • DJDI - 2chパッシブDI。
  • DI4 - 4chアクティブDI/ラインミキサー。
  • RTA-M - AutoEQ等で使用される無指向性測定マイク。
  • PB48 - 48ポイント・パッチベイ。
  • CT-2 / CT-3 - ケーブルテスター。

所有関係と企業史

1979年、dbxはBirmingham Sound Reproducers(BSR)に買収された。この時期にはdbxブランドがコンシューマー向けオーディオ製品にも使用された。

1980年代末の企業再編を経て、dbxのプロフェッショナル製品部門はAKGへ売却された。AKGは1994年にHARMAN International傘下となり、dbx ProfessionalもHARMANのプロオーディオブランド群へ組み込まれた。

また、旧dbxの技術者らによってTHAT Corporationが設立され、Blackmer系VCAやRMS検出回路の技術系譜を引き継いだ。dbxの歴史は、現在のHARMANブランドとしての系譜と、THAT Corporationを通じたコンポーネント技術の系譜に分岐している。

HARMANは2017年にSamsung Electronicsの傘下となったため、現在のdbxは企業関係としてはSamsung Electronics → HARMAN → dbx Professionalという位置づけにある。

主な製品系列

dbxは半世紀以上にわたり多数の製品を展開しており、以下は代表的な系列である。

分野 代表製品/シリーズ
コンプレッサー/リミッター 160、166xs、266xs、560A
マイク/チャンネル処理 286s、580、676
500 Series 510、520、530、560A、580
グラフィックEQ 131s、215s、231s、1231
クロスオーバー 223s、223xs、234s、234xs
ラウドスピーカー管理 DriveRack PA2、DriveRack 260、DriveRack VENU360
フィードバック抑制 AFS2
設備音響 ZonePRO、ZCシリーズ
サブハーモニック生成 120A、510
周辺機器 RTA-M、PB48、DIシリーズ、CTシリーズ

技術的影響

dbxの技術的影響は、個々の製品より広い。

第一に、Blackmer VCAとRMS検出技術は、VCAコンプレッサーというカテゴリの発展に大きく寄与した。後の多くのミキシングコンソール、バスコンプレッサー、チャンネルストリップ、オートメーション回路でもVCA方式が採用されている。

第二に、dbx 160系は「高速で明確なダイナミクス制御」というVCAコンプレッサーの代表例として、レコーディング技術の歴史上重要な位置を占める。

第三に、DriveRackシリーズは、EQ、クロスオーバー、ディレイ、リミッティング、測定支援などを統合したDSPベースのスピーカー・マネジメント・システムを広く普及させた。

このためdbxは、スタジオ用アウトボードとPAシステム・プロセッシングの双方に長い系譜を持つ点で特徴的なブランドである。

主な年表

年 出来事
1971 David E. Blackmerがdbxを設立。
1973 Blackmer Gain Cell関連技術が特許化される。
1970年代 dbx Type I / Type IIノイズリダクションとVCAダイナミクス製品が普及。
1970年代後半 dbx 160がスタジオ用VCAコンプレッサーとして定着。
1979 dbxがBirmingham Sound Reproducers(BSR)に買収される。
1980年代 160X / 160XTなど後継ダイナミクス製品が展開。
1989年前後 旧dbx事業の再編が進み、プロフェッショナル製品部門がAKGへ移る。
1994 AKGがHARMAN International傘下となり、dbx ProfessionalもHARMANのブランド群へ入る。
1990年代後半〜2000年代 DriveRackシリーズが展開され、デジタル・ラウドスピーカー・マネジメントが主要分野となる。
2017 Samsung ElectronicsによるHARMAN買収が完了。

関連項目

参考資料